樋貝吉郎のJUDO AIR

樋貝吉郎のJUDO AIR

日本のスケートカルチャーを撮り続けてきたフォトグラファー

カリフォルニアで80年代半ばに黄金期を迎えたスケートボードのブームは世界中のあらゆる場所に広がっていった。勿論日本も例外ではない。自由でクリエィティブな自己表現を根底から反骨精神が支える当時のスケートボードカルチャーに若者は瞬時に虜となった。アメリカのスケート雑誌TransworldThrasherなどではCraig Stecyk, Grant Brittain, MOFO, Bryce Knights などのフォトグラファー達がこのムーブメントを記録したが、日本にもシーンを黎明期から撮り続けているフォトグラファーが二人居た。一人はこの世界のバッドボーイ、ヴェニスのドッグタウナーの一員でもあったデビル西岡こと西岡昌典氏で、西さんとは対照的に優しい目線で80年代の日本のスケートシーンを記録した後、バックカントリーのスノーボードライディングを撮るために、シベリアやモンゴル、アラスカなどを旅したのち北海道に移住した経験をも持つ東京出身のナチュラリスト、フォトグラファーが樋貝吉郎だ。そんな彼が80年代、90年代に撮り溜めたスケートボードにまつわる写真をまとめた写真集「JUDO AIR」を出版した機会に話を聞いた。

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Q: 写真を始めたきっかけはなんだったんですか?
中学生のときピンボケ写太っていう漫画を立ち読みしたのがきっかけかな。包丁人味平と同じ作家が描いてた漫画で料理漫画のカメラ版みたいな内容だったんだけど…(笑) 結構マニアックな内容で今でも読み直したいくらい。

Q: 最初は何を撮ってたんですか?
友達とか近所とかほんと日常。

Q: スケートボードの写真を撮ろうと思ったのはいつですか?
小6からスケートはしていたんだけど地元の友達と滑る程度であんまり入れ込んでなくて。でも高校3年の時に同級生で当時ムラサキスポーツとかに出入りしてたコアなスケーターが居てそいつと美竹公園のバンクで滑るようになってからスケート面白いなと思いだして、その時からスケートの写真を撮りだしたと思う。この写真集にもその時の写真が収録されてるんだよね このへんとかまさにその時の写真(写真を指差す) 朝学校行く前とかに行って滑ったり写真撮ったりしてたよ。

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Q: 当時はどんな感じでスケートボードの写真を撮っていたんですか?
ある程度、動くものを撮る時はこうした方がいいとかそういうのはあったけど、でもやっぱりその場で考えて撮ってたよ。試行錯誤。あとThrasherとか見ながら向きとかアングルとかチェックしたりもしたよ。

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Q: 当時はどんなカメラを使ってたんですか?
最初は中学生の時に買ったカメラ OLYMPUS OM-1Nを使っていたんだけど、FineとかSURFER Magazineの日本版とかの雑誌の仕事をするようになってからはCanonのT90を使ってた。

Q: 撮る時に気をつけてた事ってありますか?
当時は大会会場に人がそんなに居なくて寂しかったから、なるべくギャラリーが多く入るように撮ったりしたね。関係ない人でも背景に人が入るように撮るっていう。(笑)あとは、技の形が綺麗に決まっている写真を狙う事も重要だった。
FineとかSURFERにはそういう技のピークがバッチリ写ってるものを納品してたんだけど、今回の写真集にはあえて、少しそのピークから1コマずれたタイミングの写真をわざと選んでたりもしてるんだよね。

87 Yoshifumi Egawa

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87_Hiroshi_Ohtaki_L.A.C_Nerima

Q: 今回の写真集の写真の選ぶ基準は何だったんですか?
雰囲気かな、その時の。時代の雰囲気や細かいディテイルが分かるようなものを選んでる。スケート雑誌を見てるみたいな気分にさせないように気をつけたよ。あと最初は80年代の写真だけの本にしようと思ったんだけど90年代の写真も入れて現代と繋がる様な内容にする事を最後に決めたんだよね。

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84_rodneymullen_murasaki

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Q: タイトルの由来はなんだったんですか?
最初はジャパン・エアーにしたかったんだけど、でもそれで検索かけると全部日本航空になっちゃうからダメで。(笑)それから同じ雰囲気のジュードー・エアーはどうかなって思って翻訳担当のKen Williamsに相談したら、いいねって言ってくれたからそれに決めた。

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INTERVIEW by Akeem the Dream