【FRANK WEDNESDAY】
VIDEOMAKER UNKLELUC TRIPS
ON DATAMOSHING AND PSYCHEDELICS

【FRANK WEDNESDAY】
VIDEOMAKER UNKLELUC TRIPS
ON DATAMOSHING AND PSYCHEDELICS

by EVAN WOOD

Yamborghini High screenshot

データ・モッシュと幻覚剤にトリップするビデオ・クリエーター UNKLELUC。

A$AP MobのYamborghini Highのビデオを見た人は自分のPCの画面がおかしくなったか、今朝のコーヒーに誰かがLSDを盛ったのでは?と思ったであろう。この曲は先日他界してしまったA$AP Yamsへのトリビュート・ポッセ・カットとなっていて、ビジュアルも彼の影響を受けている。グリッチを利用した編集とサイケデリックなカラーリングが目を引くこのビデオは、独自の新しい道を切り開いているフロリダ出身のディレクターUnkleLuc によるものである。

UnkleLucの初期の作品はRobb Bank$Sir E.U, Denzel Curryなどのアンダーグラウンドなアーチストとともに製作したビデオだ。最近ではFutureやKodak Blackのビデオを製作して話題を呼んでいる。誰の為のビデオだとしても、極端な色とデータモッシングという編集技術をみる事が出来る。スクランブルされたHBO映像を見ていた事やツイッターを使ってFutureとのビデオを現実のものとしたエピソードを聞く為にUnkleLucに電話をしてみた。

 

Yamborghini Highのビデオにはどうやって携わる事になったの?
友人のRod GallardoがA$APクルーのアート・ディレクションチームAWGEの一員で、何年か前に知り合ったんだ。彼はRockyのインスタグラムを担当しているんだけど、常々ビデオを一緒に作りたいと言われていて、この編集の仕事を振ってくれたんだ

このビデオは編集の効果に美意識を感じるんだけど、撮影する前からそれを狙っていたの?
自分のYoutubeにSteven A Clarkっていう奴の為に2012年に作ったビデオがあって彼の「Seashore」っていう曲をスクリューさせて作ったビデオに「Scwshr」 ってタイトルをつけていたんだ。実験的ですごいファンキーな色をつけているんだけど、それと自分が過去に製作したThe Wildっていう作品の色合いとデータモッシュを気に入ってくれて、これらのビデオの雰囲気と、Yamsとの思い出や本人達の体験を合体させていく形で製作したんだ。

 

Yamsとの思い出についての話も出た?
いくつか話は聞いたよ。カンファレンス・コール中に自分のPCがクラッシュしてしまったので、ビデオ全編に渡ってプランを一緒に立てることはできなかったけど、彼らはツアー中にアリゾナへ運転していた時の景色やフィーリングを使いたいと言っていた。

実際の製作はどういった感じだったの? 撮影現場には行った?
撮影現場には行かなかった。カンファレンス・コールの後、2ヶ月くらい経った時全部の素材を撮り終えていて、自分は編集だけするように頼まれた。A$AP Rockyのビデオを主に作っている監督のShomi Pawaryと連絡を取り合ってデータをやり取りして、全編を微調整して仕上げたよ。

あなたの過去の作品にはグリッチや色の効果を使ったものがあると思うけど、ビデオの編集やディレクションをする時なぜこういったツールに惹かれるの?
子供の頃ほとんどの時間テレビを見ていたんだ。テレビがまだアンテナだった時代、ペイ・パー・ビューがウチには無かったから、ボケボケで変形した画像でWrestlemaniaをどうにか見ようとしたり、StarzやHBOチャンネルでやっている映画の捻れた画像の中から一生懸命ディテイルを確認しようとした体験がずっと記憶に残っていて、デザインやビデオの製作を始めた時この要素を入れようと思ったんだ。07’~08’頃、グリッチアートやグリッチ編集のコミュニティーについて知って、その後Welcome to Heartbreakのビデオが出た時、データモッシュをわざと使っているのを初めて見たんだ。同じようなものを前々から作りたかったから悔しかったけど感動したよ。
後は、幻覚剤を摂った時、全ての物が融合して、起こっている事が全て一個の事象の様に感じる時があるんだ。めちゃくちゃなカオスなんだけど、物事がレイヤーとなって重なる様にして意味を持って見える時があって、この要素を良く自分のビデオに取り入れてる。

ビデオを作り始めたきっかけは?
高校3年生、17歳くらいの時HPのPCを持っていてWindows Movie Makerというソフトを発見して喜んでいたんだけど、編集するビデオが無くて母親の部屋に入っていった時クローゼットの中にビデオレコーダーを奇跡的に発見したんだ。まじで神様がそこに置いたとしか思えないよ。それを使った本当に短くて馬鹿なビデオ、今では恥ずかしくて見せられない様なビデオを撮り出したのがきっかけだと思う。それからカメラを学校に持って行ってスライドショーをやったり、人を撮ったり、クラスのビデオを作ったりした。作ったショートフィルムをCDに焼いて学校に持って行ってたけど、結構みんな気に入ってくれてたよ。今度10年ぶりの高校の同窓会の為にビデオを作る予定なんだ。

仕事をする相手はどの様にして選ぶの?
2010~11年頃に友達からFutureのことを知ってからしばらく聞いてなくて、No SleepとMonsterを出した頃Tim Westwood のインタビューで1問だけ質問された後、ずっと自分だけで喋り続けてTim Westwoodに全く喋らせなかったのがすごく印象的で、その後Monsterのミックステープを聴き続けてたんだ。12月にとにかくFutureのビデオが撮りたくて、ツイッターを通して知り合いみんなにFutreにメッセージを送る手助けをしてくれとツイートしたら何日か後にFutureのマネージャーPropaneと知り合いだった友達が彼に僕のビデオを見せてくれたおかげで自分の事をフォローしてくれたんだ。それから1ヶ月後、Futureは自分のビデオを全部気に入ってくれてたみたいで電話をくれた。それから4月、他の仕事のわがままなクライアントとのやり取りにうんざりしてた時に、PropaneにFutureのビデオをつくらせてくれって頼んだんだ。そしたらアトランタに来るように言われたので、友達と運転して行ったんだ、そしたらなかなかFutureが撮影を許可してくれなかったのでそこで1~2週間くらいブラブラして、最後の最後の瞬間にFaderがバジェットを出す事になって撮影できた。


後は人気が出る前、一回目に刑務所行きになる前のハイチ人でBroward出身のKodak Blackの事を友達が教えてくれて気に入ってたんだ。それから少し後に違う場所で「SKRT」を聞いてまた凄く良いなと思ったから、こいつが刑務所から出てきたら絶対ビデオを作りたいと思ったんだ。4ヶ月後、彼が刑務所から出てきてた時にツイッターのアカウントにツイートを入れたらビデオを見てくれて、それが仕事をするきっかけになった。ビデオを作る場合だいたい自分から連絡してみるんだ。自分にとってぐっとくる曲のビデオの仕上がりがやっぱり最高だからね。

ORIGINAL ARTICLE by by FRANK151
Curated and Translated by Akeem the Dream